文庫 「夜の光」 坂本 司


夜の光新潮文庫からでている、坂本 司さんの「夜の光」を読みました。
chirosukeは坂本さんの作品は以前「和菓子のアン」を読んでいます。
(「和菓子のアン」については2013年3月2日のブログをみてね)

これは学校の天文部に所属している4人の高校生(男女2名づつ)の物語です。
青春もののカテゴリーになると思いますが、ちょっと毛色が違っています。

何かに打ち込む熱い青春の日々も無く、大事件も、とても悲しい出来事も起きません。
ちょっとした事件というか、日常のなかで少し違和感のある出来事が時々発生します。
その出来事を放置しても命に係わるわけでもなく、大それたことには至らないのですが、4人がそれぞれの個性で知恵をだしあって、解決というか納得しておしまい。
強い友情を強調することもなく、かと言って超クールでもない。
それぞれが何も考えずに漫然と生きているわけでもなく、それなりの悩みや壁を感じています。

今の流行り?の殺人事件も、猟奇犯罪も、カルトも、虐待も、不治の病も、陰湿ないじめも、サイコパスも、恋愛すらこの物語には登場しません。
お涙頂戴の感動物語でもありません。
でも、読み終わった後に静かな爽快感があるんです。
ああ、面白かった!ではなくて、じんわりくる安堵感というのかな。

4人が思春期特有の悩みに向き合っている姿勢に好感がもてます。
そういう悩みは「誰にもあること」なんですが、当人にとっては真剣な悩みです。
また、何も考えない、何の悩みもない、お花畑のような世界の住人でもなく、現実逃避しているわけじゃない。

大人ではない故に、経済的、精神的にも自立しきれていない世代。
立ちふさがる壁を壊したり、迂回したり、乗り越えるには時期尚早です。
そんな子達の日々の静かな戦い、流されまいとする姿がとても愛おしく感じました。
べたべたした友情ではなく、どこかで常に少しだけ重なり合うようにした微妙な距離感で4人は結びついています。
その距離感こそが、各人の強さであり、孤独に耐える意志なのかなぁ。
思春期特有の「ワタシだけ不幸、悩んでいる自分が大好き悲劇のヒロイン」的な部分はこの4人にはありません。
そういう意味では「早熟」な子達です。

chirosukeは読み終わったとき、「この子達は大丈夫だ。将来きっと大きく道を踏み外すことなく進んでいくだろうなぁ」と思いました。
人としてとても健全なありようだと感じます。

そして、この物語を思春期進行形の年代が読むよりも、そういう時期を経験してきた世代、同じように悩み、傷つき、悔しさや歯がゆさを乗り越えて今生きているchirosuke世代が読むと感じ方が違うのだろうと思いました。
作者の意図かどうかはわかりませんが・・・。

色んなことに興味を持ち、どんどん吸収して、許せないことが沢山あった時期を記憶していればこそ、後になってから「通過儀礼」だったことに気が付く。
その通過儀礼は、通過方法を間違うと将来に少なからず影響を及ぼすこともあることをchirosukeは知っています。
「そんな悩みは誰にでもある、どんどん悩んで大きくなれ。きっと乗り越えられる。その先にはもっと大変なことが待ち受けているし、もっと素敵なこともある。強くなれ」
そんな「オトナ」な気持ちになったのはchirosukeがたぶん、通過儀礼をうまくやり過ごしてきたからかも知れないです。

奇をてらったド派手な事件で読者の目を引き付ける作品ではありません。
流行りのドレスではなく、地味だけどオートクチュールの仕立ての良いスーツをまとったような心地よさの読後感でありました。

そうそう、この作者の「食べ物」に対する表現は巧い!
chirosukeはこの本読んでから「アスパラガスの塩焼き」にはまりました!

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ほうろうって・・・

優しく扱ってあげないと、欠ける、はがれる。
お鍋の取っ手は熱くなる・・・。
お高い・・・。
でも綺麗なんだものっ!!

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