舞台 「 レミング ~世界の涯まで連れてって~ 」 


レミング2渋谷パルコ劇場で、寺山修司さんの代表作
「レミング~世界の涯まで連れてって~」を観てまいりました。

2013年4月27日(土) 13:00~
パルコ劇場
上演時間:約2時間(休憩なし)
座席はC列 (前から6列目) 上手寄り 
全席指定(8,400円)
作:寺山修司
演出:松本雄吉
出演:八嶋智人
    片桐 仁
    常盤貴子
    松重 豊  他

寺山修司さん没後30年です。
1983年5月4日。まだ47歳の若さでした。
当時演劇少女だったchirosukeは、電車内で隣に座っていたおじさんのスポーツ新聞の見出しで寺山さんの訃報を知り、少なからずショックを受けました。
寺山さんの短歌が好きだったchirosukeでしたが、当時主催されていた天井桟敷の舞台は一度も観たことがありませんでした。

映像作品「草迷宮」は何度も映画館(ミニシアター)で観て独特な映像美と、見世物小屋のような刹那的魅力が好きでいつか機会があれば舞台を観たいと思っていました。
前衛的でアングラ芝居と括られ、chirosukeも「挑発的でアナーキーな舞台?」と少し及び腰だった寺山さんの舞台。

その時たまたま天井桟敷が大阪八尾の西武ホールで「レミング」を上演していました。
大阪府内に住んでいたchirosukeは「今観ておかないと、寺山さん演出の舞台は二度と観ることはできない」と行動しました。

30年前ですがその日のことははっきりと記憶しています。
インターネットもまだ無い時代、翌日の朝八尾の西武ホールに電話をかけ、レミングの当日券の有無を確認しました。
担当者の返事は「問い合わせが多く、チケットは若干用意できるが上演時間前に並んだ順、入場できる約束はできない」とのことでした。

chirosukeは即家を出て、電車で約一時間かけ行ったことのない八尾の西武ホールに向かいました。
午後からの公演の当日券を求めすでに20人くらいが並んでいました。
chirosukeも二時間並びましたがどんどん人が増え、40人くらいが並んだ時、劇場側から整理券が配られました。
座席は無く、通路に座るか後ろで立ち見になるとのことでしたが、何とchirosukeの二人後ろで配布終了。
「消防法」の規制でこれ以上は入場不可とのことで、chirosukeはギリギリでした。
後の並んだ人達は残念だったろうと思います。

chirosukeは劇場の上手寄り後ろ側の通路に体育座りで初めての天井桟敷の舞台を観ました。
衝撃的でした。
今まで自分が観てきたいわゆる「演劇」とは全く違う世界でした。
祭りの見世物小屋のような雰囲気そのままのワクワクしつつ、怪しくてインチキ臭くて、それでいて美しい。
寺山さんのリリカルで皮肉たっぷりで猥雑な不思議な台詞が、脈絡もなくどんどん役者の身体から発されます。
舞台全体を覆うようなJ・Aシーザーの不思議な音楽、ものすごく不思議な動きをする役者たち。
静止と激しい動きの繰り返し。
物語に関係なく、舞台のあちこちでただ俯いて立っているだけの人物。
客席に背中を向け、ただひたすらゆっくりと右手を上下させ続ける人物。
時々舞台を縦横無尽に駆け抜ける、ライフルを構えたサファリルックの小人・・・。
物語の筋を理解するのは難解でした。
でもテーマは?なんてどうでもいいような不思議で激しい舞台にchirosukeは圧倒されました。
寺山さんが亡くなっても公演は中止せず、劇団の人たちはどんな思いだったんだろう。
「レミング」すごい体験をしたchirosukeでした。
ラストは真っ暗な中、舞台の上から、劇場のすべての扉の外側から激しいダンダンというノックの音。
怖いくらい大きな音が続き、不安で声を押し殺すような数分だったと思います。
突然音が止み、ぱっと客電がついたときchirosukeは茫然としてしまいました。
最初で最後の寺山さん演出の天井桟敷の舞台。
chirosukeはすぐに立ち上がれませんでした。
体育座りで身体が固まっていたせいもありますが、こんなすごい舞台を創る寺山さんがもういない、という事実にchirosukeは泣いてしまったことを覚えています。
天井桟敷はその約2か月後、7月末に解散しました。

こういう経緯の30年後の「レミング」観劇であります。
演出はあの「維新派」の松本雄吉さんです。
「維新派」は政治団体みたいな名前ですが大阪を拠点にしている劇団です。
こちらもいわゆる「演劇」とは全く違う表現をする劇団で、「ヂャンヂャン・オペラ」といわれる独特な美術、発声、身体動作をします。
chirosukeは大阪で維新派の舞台(野外劇場)は2回観ました。
この劇団も好き嫌いの枠を超えて、圧倒されました。
すごいエネルギーで、集団の力技とでもいうか、個人の演技とはかけ離れた表現です。
その松本さんが「レミング」を演出した今回の舞台。
まさに「ヂャンヂャン・オペラ」そのものでありました。
主要人物は集団に時々紛れますが、リリカルで毒に溢れた寺山さんの台詞が音楽のようでした。
八嶋さん、片桐さんはお二人とも軽妙で強烈な個性を持ちながら、集団に取り込まれていく様が怖いくらいの演技でした。
過去の思い出から現実に戻れなくなった往年の映画スター「影山影子」を演じた常盤貴子さん。
お綺麗です~!
学生服を着た少年姿がとても印象に残りました。
母親役を演じた重松さん。素晴らしい!
この物語は母親が主役じゃないのか、すべては母親がみた夢ではないのかとchirosukeは思いました。
「飛び出す鼠がたった一匹!!」は夢の世界を壊す(現実がなだれ込む)キーワードでしょうか。

30年前に夢中で観た「レミング」・・・
chirosukeは、今もお芝居が大好きで同じ作品を東京で観られることを幸せに思います。
演出、キャストも変わっていましたが、寺山さんらしい、見世物小屋のような魅力、言葉の美しさ、いかがわしさ、あざとさ、ブラックユーモア、心がせつなくなるような「毒」にあふれた、魅力的な「アングラ芝居」でありました!

chirosukeが大好きな寺山さんの詩です。
「五月の詩・序詞」

きらめく季節に
たれがあの帆を歌ったか
つかのまの僕に
過ぎてゆく時よ

夏休みよさようなら
僕の少年よ さようなら
ひとりの空ではひとつの季節だけが必要だったのだ 
重たい本 すこし雲雀の血のにじんだそれらの歳月たち

萌ゆる雑木は僕のなかにむせんだ
僕は知る 風のひかりのなかで
僕はもう花ばなを歌わないだろう
僕はもう小鳥やランプを歌わないだろう
春の水を祖国とよんで 旅立った友らのことを
そうして僕が知らない僕の新しい血について
僕は林で考えるだろう
木苺よ 寮よ 傷をもたない僕の青春よ
さようなら

きらめく季節に
たれがあの帆を歌ったか
つかのまの僕に
過ぎてゆく時よ

二十才 僕は五月に誕生した
僕は木の葉をふみ若い樹木たちをよんでみる
いまこそ時 僕は僕の季節の入り口で
はにかみながら鳥達たちへ
手をあげてみる
二十才 僕は五月に誕生した

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お鍋の取っ手は熱くなる・・・。
お高い・・・。
でも綺麗なんだものっ!!

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